2023年01月10日
会社に損害を与えた従業員に賠償請求をしたい
このような相談を受けることがあります。
会社はどのような場合に従業員に損害賠償を請求することができるのでしょうか。
従業員が雇用契約上の義務に違反して会社に損害を与えた場合には,その従業員は,会社に対して債務不履行責任を負うことがあります。
例えば,従業員に展示会の責任担当者として諸々の手配,運営を任せていたが,必要な準備を怠り製品のデモンストレーションが
できなかった等の任務懈怠,任せていた仕事が任務懈怠により延々と遅れた等といったことにより会社に損害が生じたとして,
会社が従業員に債務不履行責任(民法第415条・第416条)を追及して裁判で争われた事案があります。
また,従業員の行為が不法行為(民法第709条)に該当し,労働者が損害賠償責任を負う場合もあります。
第三者に損害が生じた場合には,第三者が使用者に使用者責任(民法第715条第1項)を追及し,会社が果たしたその責任について
損害を生じさせた従業員に追及するため求償権(同条第3項)を行使することもあります。
例えば,トラックドライバーである従業員が運転を誤って物損事故を起こしてしまった事案で会社が被害者に賠償をした後,
賠償額相当を同従業員に求償するようなケースが典型例です。
このような場合であっても,会社の従業員に対する責任追及は次の理由により一定の制限を受けると考えられています。
1つ目は,労働者の労働により利益をあげている会社は,労働の過程で生じた損害についても危険を負担すべきということ,
2つ目は,使用者は,施設と機械・器具の安全,職場環境から作業の指揮,労働時間に至るまで危険の発生と
防止に関わる広範な権限を有しているのに対し,労働者は使用者に設定された職場環境のなかで使用者の指揮命令によって
就業せざるを得ない立場にあることです。
3つ目は,使用者は,経営に伴う定型的な危険について保険制度や価格機構を通して損失の分散を図ることができることです。
こうした考え方を背景に,使用者は労働者に故意または重過失がある場合にのみ損害賠償(または求償)を請求しうるとする裁判例が多く,
仮に労働者の責任が肯定される場合であっても,損害の公平な分担という観点から,信義則上相当と認められる限度においてのみ
労働者が責任を負うと解釈されています。
判例は,この責任の限度にかかる判断基準について,
①事業の性格,規模,施設の状況,
②労働者の業務内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,
③加害行為の予防,損失の分散についての使用者の配慮の程度等の諸事情に照らして判断されます。
使用者としては,労働者への教育,指導,リスク管理体制の構築を十分に行っていない場合や長時間労働を強いるなど
労働環境が良好でない場合等には労働者への責任追及をするに消極的にならざるを得ないと考えられます。
労働者に故意ではなく過失があるような場合には2分の1以下の負担で収まる場合が多いとされています。
裁判例の中には,労働者に対し損害賠償を求めて訴訟を提起したものの,このような訴え提起自体が違法とされた事案もあります。
従業員に故意に近いような過失がなければ,損害賠償を求めること自体難しく,賠償責任が労働者にあったとしても
損害の分担という考え方により全額の請求もまたハードルがあるのです。
近時,最高裁は,従業員が業務で運転中の車両で起こした交通事故について,事故の被害者である第三者に自ら賠償した場合には,
当該従業員は,自ら負担した賠償額につき,使用者に対し損害の分担を求める(逆求償)ことができると初めて認めた判決を出しました。
従業員に対する賠償請求についてのおおざっぱな考え方は以上のとおりですが,使用者が従業員の賠償を給料から天引きしているケースは
給料全額払いの原則に反する違法なものです。ほかに会社が従業員の賠償責任を担保するために採用時に徴収した身元保証書の内容が
保証責任の内容をあいまいにしており,その保証書の効力に疑義が出るケースなども起きていますので,使用者の皆様はご注意ください。